仏報ウォッチリスト

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 漱石を読んだ2

2冊目は、漱石本人の作ではなく変化球で、小林信彦著『うらなり』(文藝春秋・2006年刊)。
漱石坊っちゃん』の登場人物のなかでもひときわ〈気の毒なキャラクター〉の視点から、同作の一連の事件とその後が語り直される作品。このアイデアからしてすごい。〈『坊っちゃん』のプロットを、一切いじら〉ず、〈この作品は、漱石文体模写でもパロディでもない。……オマージュなのである〉。
単行本の巻末には著者による「創作ノート」が付いています。上記カッコ内の文言はここから引用。映画DVD盤のメイキングみたいなものでしょうか。本作のあとでこの「ノート」を読むと、驚きが倍増します。
坊っちゃん』ではマドンナという令嬢の存在が男を動かす。具体的にいうと、マドンナはそもそもうらなり君の幼なじみでいいなずけ。やがて両者の間に経済的な亀裂が生じ、これに乗じたのがうらなりの上司である赤シャツ。マドンナは赤シャツになびき、じゃま者たちは遠隔地へ飛ばされてしまう。
本編『坊っちゃん』では、それが坊っちゃん=「親譲りの無鉄砲」=〈そそっかしい正義派〉の一人称で語られるものだから、肝心なところがよく分からない。この分からないもどかしさもまた『坊っちゃん』の魅力であるのですが。
実際は、〈うらなりが(『坊っちゃん』本編に)これほど出てこないとは思ってもみなかったのである〉と「ノート」はいいます。幸薄き者の事件当時の感情や後日談を、現代的なひねりも加えて見事に補ってくれたのがこの『うらなり』という作品。けっしてシンデレラ・ストーリーではない、地に足の着いた歩みが納得させられます。
……という感想を述べられるのは、『うらなり』のあとで『坊っちゃん』を読み返してみたから。そう、きっとその原文を読み直さずにはいられなくなり、読んで改めて『うらなり』の巧みさにうなることになるのです。
(この項つづく)