仏報ウォッチリスト

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 移動する仏像を見た

和歌山県立博物館で特別展「移動する仏像」を見ました。文化財を《移動》という視点から検証することで浮かび上がる歴史がある、それを机上の論考にとどまらず現物で見せてくれるところに説得力があります。展示の意図がよくわかる好企画。
とりあげるのが和歌山県有田川町の歓喜寺・吉祥寺・浄教寺と、けっして全国区の寺院ではないにせよ、それがかえって地域との結びつきを濃厚に示す典型例となっています。明恵上人の生誕地であったり、浄土信仰など時代の流行をもろに受けていたりと、意外に親しみやすい面も。
《移動》が特筆に値するのは、仏像は本来《移動》しないものである、という先入観があるから。さまざまな事例をこの《移動》という切り口でまとめたところがうまい。分かりやすい例は、所有者が変わって持ち運ばれること。そこに統廃合といった歴史的経緯が見えてきます。あるいは同じ境内でも複数の尊像があると、その組み合わせが変わったりする。長年こう並んでいたが造像時点の三尊はこうだったと示してもらい合点がゆきました。変わった例では、地域の代表が持ち回りで守り続けている仏像があるとか。
なぜ《移動》するかというと、それが信仰対象である以上、おいそれと処分するわけにはいかない、という事情もあります。神仏分離令で神社を追われれば近隣の寺院に緊急避難する。極端な例で言えば、胴や手足だけの断片になっても捨てるに捨てられない。その断片に膨大な歴史情報がつまっていることもあるわけです。
そうしたことを踏まえて、文化財としての仏像が持つ意味を改めて認識させてくれる展覧会です。と同時に当展は、そういうハイレベルの分析だけでなく、たんに仏像を眺めているだけでも見応えがある、というのがミソ。出品数は36点と決して多くはないのに、立像と坐像、如来と菩薩、涅槃図や曼荼羅まで幅広いラインアップで、一口メモを添えて誰でも楽しめるようになっています。《移動》からの連想でパラパラ漫画を提供するとか、サービス精神も旺盛。
出陳品で目を引くのは、慶派の作とみられる浄教寺大日如来坐像、揃って移動してきた歓喜寺の石垣千体仏、奈良時代の木彫だという円満寺の十一面観音像など。
会期はすでに終了目前なのですが、充実した図録もあります、こんなテーマの展覧会が開かれたことはぜひ覚えておいてください。


(追記;せっかく関西まで来たもので、次に奈良国立博物館へ《移動》しました。つづく)