宝生能楽堂の銕仙会定期公演でお能「三井寺」を見ました。
息子を人買いにさらわれて狂乱する母が、夢告を受けて三井寺=園城寺を訪れる。中秋の名月に鳴り響く鐘の音。やがて再会が叶い、正気に戻って二人が帰って行く……。(「隅田川」と対比される作品だそうですが、そちらは未見)
常の世ならば鐘の音は男女の別れを暗示するのに、ここでは鐘を撞いたおかげで会うことができた、というのがポイント。ちなみに鐘の音は狂言方が「ジャンモンモンモンモン」と口真似します。
鐘を撞くシーンで「涅槃経」の四句の偈が登場。
まづ初夜の鐘を撞く時は、「諸行無常」と響くなり。
後夜の鐘を撞く時は、「是生滅法」と響くなり。
晨朝の響きは「生滅滅己」、
入相は「寂滅為楽」と響きて、
菩提の道の鐘の声……
他の能作品にも登場する表現らしい。舞踊「娘道成寺」にもありますね。
鐘については、「背(せい)東大寺、形(なり)平等院、声(こえ)園城寺と申して、天下に三つの鐘にて候」という詞章が謡曲集にあります。が、今回は省略されていたようで、聞いた覚えがありません。
舞台は、出会いに至るくだりにこれといったきっかけもなくて、ちょっと拍子抜け。まあハッピーエンドだからよしとします。十五夜に鐘という澄んだ雰囲気を味わう作品といえましょうか。