仏報ウォッチリスト

ここは仏教の最新情報、略して《仏報》の材料をとりあえず放りこんでおく倉庫です。

 お能「桜川」

宝生能楽堂お能「桜川(さくらがわ)」を見ました。
我が家の家計を助けようと自分の身を売った男児。手紙で事情を知った母親は我が子の行方を追う。桜子(さくらご)と名のる子は常陸国の寺の弟子となっていた。桜川べりに咲く桜に我が子の名を重ね合わせて探し求める母親。やがて花見の一行の中の桜子と再会を果たし、故郷へと帰って行く……。
満開の桜を表現するのに、咲き誇る枝を見上げるのではなく、川を流れ行く花びらで示すのが本作の趣向。狂乱した母親は掬い網を使って花びらを集めます。
「わが子の花はなど咲かぬ」
「名も懐かしき花のちり(散/塵)を あだにもせじと思ふなり」
「されば梢より あだに散りぬる花なれば 落ちても水のあはれ(泡/哀)とは いさしらなみ(知らず/白波)の花にのみ……」
おそらく桜子は、このお寺に直接買われたのではなく、縁あって保護されていたのでしょう。だからこそ住職は母との再会を喜んで子を送り出します。
良かれと思ってみずから犠牲を払ったのに、それが決して幸福をもたらさない現実。なんともやりきれないこの情景を、降りしきる桜の花びらが静かに包み込むのでした。
     *
実はこの演目、同じ銕仙会定期公演で昨年3月11日の夜に予定されていたプログラムだったのです。当日昼過ぎに大地震が発生、鉄道がストップして会場へ向かうどころではなくなりました。後で確認したところ、当然ながら公演は中止、すでに到着して帰る足のない観客のため客席が一時待機所になったとのこと。今回こうして無事に拝見できたことを心からありがたく思います。