仏報ウォッチリスト

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 「飛驒の円空」展

東京国立博物館で特別展「飛驒の円空 千光寺とその周辺の足跡」を見ました。
千光寺所蔵の61体をはじめ高山市にある円空仏100体を展示。5センチ余りから2メートル超まで、本館の一室に所狭しと並ぶ木像。ガラスケースで覆わない露出展示が大半を占め、木製の台座のデザインも凝っています。スポットライトで鑿跡の陰翳を強調。寺社で拝むのとは一味違う"演出"で、独特の空間を作り上げています。
どの御像も後方まで覗き込めるようになっており、側面から見ても表情など決して手抜かりなく彫られていることが分かります。ところが用いる木材の制約から後頭部と背中がバッサリ省略されており、このギャップにしばしば驚きました。正面から見るかぎりまさか背面が無いとは思えない完成度を感じるわけです。
円空仏の像容は多彩ですが、見ていて特徴的だったのは目の彫り方です。目は大きく分けて二種類。観音さまに代表されるやさしげな一文字の目と、不動明王などの眼球が飛び出た目。会場では照明の効果もあって後者の忿怒の目を持つお像の存在感がまさっているように見えます。「仏像/神像」という分類ももちろんありますが、印象に残ったのは「細目/丸目」でした。
円空は江戸時代初頭に美濃国に生まれ、諸国を行脚しながら素朴な仏像を彫り続けました。一説には12万体の造像を発願したと言われます。現在は全国に5300体が確認されており、そのうち愛知県に3000体、岐阜県には1600体と、中部地域に集中しています。
図録に掲載の論考(浅見龍介)では、銘文などから飛騨来訪の時期と両面宿儺坐像の制作意図を推測しています。〈全体的な傾向として、円空の作風は、具象から抽象に向かうと言えるだろう〉〈動物や人を傷つける弓矢ではなく斧を持たせたのは、両面宿儺を飛騨の山の民の祖として位置づけ、斧を持たせるのがふさわしいと考えたからではないだろうか〉
図録では一方で、飛騨の円空伝説・逸話を紹介しています(大石崇史)。〈円空仏について語る時、「あくれ神様」については欠かすことができないだろう。「あくれる」とは飛騨弁で、「戯れる」「ふざける」といった意味である。……さまざまな神仏が子供の遊び道具として、川に流されたり、浮き輪代わりにされたり、投げあって遊ばれたり、果てには縄でくくって曳き回されたり……円空仏の中には口元をネズミにかじられたものがいくつかあるが、これは家でぼた餅などを作った時、円空様もひとつ食べなよ、と口にくっつけたのをネズミがかじった痕だともいわれている〉
この二編の文章に象徴されるように、広く庶民に信仰されながら、学術的な研究の対象にもなり得る、という円空仏の相反する特徴をきちっと伝えてくれる展覧会でした。