仏報ウォッチリスト

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 受け継がれた文化財

川崎市市民ミュージアムで展覧会「受け継がれた文化財」を見ました。
2部構成で、前半は「川崎大師の寺宝と信仰」。まず川崎大師の寺宝が20点あまり。軸装の仏画が中心で、傷みが激しいものの、江戸時代の両界曼荼羅図や涅槃図など色鮮やかな作品もあります。なかには来迎の地蔵菩薩図という珍品も。
他に神護寺経、隅寺心経、尾形光琳の屏風、千利休書状など。一見とりとめないのですが、寺宝というのは寺側がプランを立てて収集するのではなく、縁あって施物として収められた品々の集積と考えれば納得がゆきます。思うに、お寺で管理しているだけではその価値も判断しにくく、かつては出開帳なり、現代はこうした博物館の展示なり、寺外で日の目を見ることで評価が定まってくるという点もあるのでしょう。
つづいて、川崎大師が真言宗の寺として高野山とつながりがある一方、厄除け信仰で賑わいをみせる、その歴史を語る品々を陳列。10年ごとの大開帳で配る赤札は、弘法大師自筆と伝えられる南無阿弥陀仏の字を、病気の時には1字ずつ飲むのだとか。
お寺と直接は関係ないのですが、350年前にこの地域で大酒飲み合戦があったそうで、絵巻物にまでなっている有名な話らしいです。泰平の時代ですね。近代になって直通の鉄道が開通。これは京都、名古屋に次ぐ日本で三番目の電気鉄道だったとのこと。
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2部構成の後半は「文化財は語る…」と題し、当館の収蔵物を紹介しながら、博物館の任務を教えてくれます。収蔵庫の中で土器はプラ製のコンテナ内に並べ、書状類は1通ずつ紙封筒に封入されているといった、スタッフは見慣れているはずの保管方法が、私共にはかえって物珍しく思えます。
縄文・弥生の出土品がずらりとあって、江戸・明治期の民俗資料へ。その間がスポッと抜けているように思えるのは、面白みに欠ける作品しかないのか、それとも実際にこの時代の物品が希薄なのでしょうか。
木製のベカ船が一隻そのまま置いてあったり、ノリを採取して加工する道具を紹介したりと、意外に水産業が盛んな地域であったことが伺えます。近年に解散してしまった地元の念仏講から数珠や掛軸など一式を譲り受けたそうで、こうしたところに博物館の今日的役割を改めて感じました。