仏報ウォッチリスト

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 鸚鵡小町・道成寺

観世能楽堂で、お能「鸚鵡小町(おうむこまち)」を見ました。
老いさらばえた小野小町が帝から送られた歌に対し一文字だけ改変した返歌を鸚鵡返ししたという物語。続いて請われるままに舞を見せる。それは在原業平が玉津島明神で舞った法楽之舞だといいます。才気は失っていないところを示しながらも、杖にすがる姿は痛々しく、若き昔を回想する様子にしんみりさせられます。
《立つ名もよしなや 忍びねの 月には賞でじ これぞこの 積もれば人の 老いとなるものを かほどに早き 光のかげの 時人を待たぬ 慣らひとはしらなみの あら恋しの昔やな》
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引き続き、お能道成寺」を見ました。愛する男を蛇の姿になって追った女のお話。道成寺の鐘の伝承を元にしながらその後日談として、再興された鐘の供養に女の霊が現れるという設定。
作り物の鐘を持ってきて設置し、終了後に片付ける狂言鐘後見がいて、演能中に鐘を上げ下げする鐘後見がいて、舞台上は大にぎわい。お顔を見れば重鎮らしき人もいて、いやが上にも緊張感が高まります。鐘の綱を放すあの役割がもしかしてこの演目の主役なんじゃないかとも思ったりしました。
物語の主な展開は、女人禁制のお達し→女の訪問→参拝を拒否するも押し切られる→舞を奉納→正体を露にして鐘入り→読経による調伏→化物の退散となります。舞台の派手さでは、鱗文様の衣装に般若の面で大暴れするクライマックスが目立ちますが、メインは明らかに中盤の、白拍子が奉納する舞、ほとんど動きがなく台詞もない乱拍子です。
この乱拍子について、手元の解説書(渡辺保『能ナビ』)によればポイントは3つ。(1)体の重心が同じ高さで移動する(2)体全体が一本の針金が生きて動いているような集中と緊張(3)小鼓と合った呼吸、とのこと。客席からはシテと小鼓が一緒の視界に入りますが、両者は視覚で確認し合っているわけではなく、互いに心でタイミングを伺う張りつめた空気。重心については衣装のため目で見て分かるわけではないものの、足袋のつま先、手に持つ扇の向きからじりじりと伝わってきます。
この集中と緊張を過ぎれば、あとはスペクタクルなパフォーマンス。僧侶が数珠をこすりつけて祈るのなど、クールダウンの見世物にも思えます。詞章には経文の一節のような言葉が続きます。
シテは女性能楽師の鵜澤光さん。娘の一途さを感じさせて心に残る舞台となりました。
《今の蛇身を折る上は 何の恨みかありあけの つきがねこそ すはすは動くぞ 祈れただ 引けや手ん手に 千手の陀羅尼 不動の慈救の偈 明王の火焔の 黒煙を立ててぞ 祈りける 祈り祈られ 撞かねどこの鐘 響き出で 引かねどこの鐘 踊るとぞ見えし 程なく鐘楼に 引き上げたり あれ見よ蛇体は あらはれたり》