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仏報ウォッチリスト

ここは仏教の最新情報、略して《仏報》の材料をとりあえず放りこんでおく倉庫です。

 被災文化財の修復

東北歴史博物館「神さま仏さまの復興」と、せんだいメディアテーク牡鹿半島のくらし展 in 仙台」を続けて見ました。

▼「神さま仏さまの復興 ―被災文化財の修復と継承―」11/16-1/13
▼「牡鹿半島のくらし展 in 仙台 ―再生・被災文化財」1/10-13

副題にあるとおり、修復・再生した被災文化財を展示するというスタンスでは共通しながら、そのねらいはちょっと違っていたりするなど非常に興味深かったので、それぞれ概要をメモしておきます。
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東北歴史博物館の東日本大震災復興祈念特別展「神さま仏さまの復興 ―被災文化財の修復と継承―」は、宮城県内で被災した寺社の彫刻像が修理されてお寺に戻る、あるいは別の形で保存されるに至る経緯を、大震災から3年弱経った現在のドキュメントとして伝える企画です。写真パネルで神仏像の破損状況や解体時の様子を知らせ、修復を担当した団体が作成した修復計画書も公開しています。
たとえば巨躯の横山不動尊大徳寺)は地震の揺れで寄木造りの継ぎ目がゆるんだため、京都に運んで修理し、再び寺に安置される前に同館に立ち寄ってお披露目。御像の隣では、地域の人が寺から送り出し、不在中に寺で行われた行事などを写真で紹介すると共に、展覧会準備で会場に運ばれてきて巻いた白布を解いていく様子を記録したビデオを放映しています。
地震で倒れて突起部が破損した像もあれば、津波で流されたのを救われた例も。毘沙門天立像(野蒜海津見神社)や地蔵菩薩坐像(地福寺)などは津波の海水をかぶったため、洗浄し塩分の除去が施されて元の姿を取り戻したといいます。あるいは一群の御正躰(高舘熊野那智神社)のように、このたびの災害を機に保管方法が見直され、改めて注目されることになった文化財も展示されています。
そうした説明を聞かなければ、ただの地方仏の展示会に見えるかもしれません。が、どんな像もそれぞれ歴史を背負っています。今回は大規模な災害に見舞われたことでたまたまこの会場に参集しました。が、現存する神仏像には数百年にわたる年輪が刻まれているのです。その歴史を寺社の管理者と修復に関わった技術者、そして何より地域住民が力を合わせて伝えてきたという事実を改めて教えてくれる好企画でした。
会場で交わされている会話を聞くともなく聞いていると、展示品をよく知る近隣住民が実に多く、像と親しげなのが印象的でした。この展覧会では仏像のほかに、当地の風景を描いた図絵が一つの目玉となっており、地域の方々にすれば懐かしく誇らしい史料のはずです。展示品が有名かどうかでは評価できない企画があることを実感しました。
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せんだいメディアテークの「牡鹿半島のくらし展 in 仙台 ―再生・被災文化財」は、東北学院大学文化財レスキューが受け入れた石巻市鮎川収蔵庫の考古・民俗資料コレクションを展示する巡回展です。農作業具や足踏みミシンなど、昔を知る世代にとっては懐かしく、若い者にとっては使い方すら分からないものが無造作に並んでいます。
東日本大震災被災し、洗浄・殺虫・脱塩した文化財のいくつかには、聞き書きをした記録文が付けられています。これは過去の展示会や出張訪問で展示物を見た人が語った思い出話を記したもので、詳細なデータベースとして蓄積しているうちの一部とのこと。
ここで当展の意図が見えてきます。つまり展示品をただ見てもらうだけでなく、それを見て語ってくれた情報を記録してゆくことで、文化財に付加価値を付けているのです。
たとえば鮎川は捕鯨の町で、鯨を捕獲するための専用器具が多く残されています。しかし捕鯨産業は下火になって久しく、その道具を実際に使ったことがあって詳しく説明できる人も少なくなりました。そこでモノを単に保存するだけでなく、これらにまつわるエピソードを拾い集めて一緒につなぎとめておくことで、捕鯨が盛んだったという記憶を引き継ごうとしているわけです。
これは決してどの地域でもできることではないでしょう。現地の大学で学生の活動としてたまたま採りあげられたから実現した企画ではありますが、こうしたモデルケースができたという意味は大きいはずです。配布パンフレットのむすびにもあるように、学生たちが始めた活動を、いずれは地域住民がおこなっていくというのが理想なのだろうと思います。
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前者の仏像は、信仰の対象として震災を乗り越えるためにこそ修復をという機運もあったことでしょう。しかし後者の民俗資料の保存は、生活の復興を第一に考えたら後回しにされてもおかしくありません。
一方、仏像を再生すること自体は、極端なことを言えば、使命感にあふれる宗教者や心ある仏師のたった一人の努力でも可能といえば可能です。けれども民俗的な文化財の継承は、その価値が分かる地域住民の意志がなければおそらく不可能です。
仏像ならばたとえいっとき忘れられても、後世に再発見されることは十分にあり得ます。しかし古い生活道具は、一度埋もれてしまったら二度と注目されることはないでしょう。
これらの文化財の修復は今でなければなりませんでした。しかしその今でなければならなかった理由は、仏像と民俗資料では大きく違います。二つの展覧会の目指すところが重なり合いながら微妙に印象が違うのは、そういう性格の違いによるようです。