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仏報ウォッチリスト

ここは仏教の最新情報、略して《仏報》の材料をとりあえず放りこんでおく倉庫です。

 「日本国宝展」

東京国立博物館で「日本国宝展」を見ました。「祈り、信じる力」をキャッチフレーズに国宝の宗教美術を中心とする展示。当然ながら同館所蔵の作品が多く、お蔵出しの感が強いものの、日ごろの企画に引っかからずこういう機会でないとスポットが当たらないであろう逸品もあって、大いに意義のある特別展です。
頻繁に展示替えがある会期のうち前半の展示から、気になったものをメモ。

  • 第1章冒頭に意表をつく薬師寺「仏足石」。具体的な造形よりもこういう象徴のほうが信仰の度合いが深いということか。表面の彫り跡は見にくく、描き起こしのパネルで確認せざるを得ないけれども、照明に浮かび上がる石の塊自体が荘重。
  • 入場して最初に法隆寺「玉虫厨子」。会場で一番大きな説明パネルが付く。玉虫ではなく側面の絵の説明。
  • 続いて正倉院宝物が11点が特別出品。主役は「鳥毛立女屏風」。いわゆる樹下美人の衣服や神に貼られていた鳥の羽根は剥落し、顔の色彩だけがなまめかしい。
  • 正倉院宝物で目を引いたのが「大小王真跡帳」。王羲之(大)と王献之(小)の真筆が東大寺大仏に奉献された時の目録で、王羲之風の書きぶり。末尾の署名は藤原仲麻呂。ブルー(縹色)の紙に押された御璽の朱がアクセントに。軸の端は緑色ガラスだと図録解説で知る。肝心の真筆は平安時代に出蔵されたままだとか。いったいどこへ行ったのか。
  • 装飾経は「浅草寺経」、前年の特別展と同じような傾斜をつけた展示で、立って見ると金箔が光り、かがんで角度を変えると文字が浮かび上がる。ほかに「扇面法華経冊子」「一字蓮台法華経」。
  • 仏画はまず東博の「普賢菩薩像」。この白い肌に最初に目を奪われたのは1990年の日本国宝展だった。作品まで十センチほどの展示ケースが秀逸。思わずガラスに顔を寄せたくなるが、ガラスの手前20センチほどのところに白線が引かれていてそこから踏み込むと注意される。
  • 仏画十六羅漢像」と金剛峯寺「仏涅槃図」は定型化する前の最古作。「十二天像」は当初の鳥獣座が敷物座(くゆ座)に改めさせられたという図録の説明が興味深い。
  • 中尊寺金銅華鬘」や「平等院雲中供養菩薩像」が第1章にあるのは平安時代までという時代区分のせいか。仏像や金工は後半の部屋に固まっているのに。
  • 信貴山縁起絵巻」は、米俵が飛ぶ巻でも法輪が回っている巻でもなく、尼公巻という比較的地味な章。大仏殿前の異時同図をパネルで説明。ケースをつないで1巻の全長14メートルをすべて見せる。
  • 3点ある「東寺百合文書」で目を引くのは「北畠親房仏舎利奉請状」。東寺の仏舎利を後醍醐天皇が37粒、北畠親房が2粒譲り受けた受領書。そんなことが許されるのか。譲り受けてどうしたのか、服用したのだろうかと想像が膨らむ。いずれにせよ、これぞ「祈り、信じる力」。
  • 「六道絵」から2幅、前半の仏画と同じ薄ケースながら絵柄の重要なところが高すぎて見づらい。
  • 金工品3点「金銅密教法具」「金銅透彫舎利容器」「金銅能作生塔」の独立ケースが並ぶのが神々しい。
  • 一遍上人伝絵巻」巻第七は、最近の国宝室で見たばかり。踊り念仏に民衆を熱狂してゆく様子を描く。
  • 法然上人伝絵巻」巻第七は法力を強調するやや危ない場面。
  • 因陀羅筆の禅機図断簡2点「寒山拾得図」と「智常禅師図」、禅の厳しさがゆるむようなやわらかい表情が印象的。別れて所蔵(東博静嘉堂文庫美術館)されているのがここで再会するのは、けっこう目玉なのではないかと思ったら、1990年の同展では全5点(プラス根津美術館と畠山記念館と無記名=現在は石橋美術館蔵らしい)が集合していた。
  • 「無準師範墨跡」と「虚堂智愚墨跡」はともに松平不昧旧蔵で、それぞれ「板渡しの墨蹟」「破れ虚堂」の通称があるという。
  • 第5章の部屋には「五重小塔」を囲むように京都・奈良の寺院の仏像が並ぶ心地よい空間。主役級を微妙に外して1点集中を避けたようにも見える。クールダウンにちょうどよい。

自分の興味ある分野で何か物足りないと思ったら、日本の高僧の書が一つもないことに気づきました。過去のリストによると1990年展は空海最澄・俊じょう・道元親鸞日蓮・大燈国師の書が出品され、2000年展では最澄空海・西行・栄西・俊じょう・道元が出ていました。宗派色を前面に出さないようにしたのでしょうか。それとも美的感覚からすると採用されないのでしょうか。何らか意図があるのでしょう。時代の趨勢なのかもしれません。