仏報ウォッチリスト

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「安宅」「鉄輪」

国立能楽堂お能「安宅」と「鉄輪」を見ました。

「安宅」は初見。言わずと知れた「勧進帳」の元版。作り山伏の逃避行、義経は剛力(強力)に身をやつし、弁慶が偽の勧進帳を読んで関所を突破する。総勢12人で威圧、弁慶が義経を金剛杖で打擲するしぐさが直接的で驚く。歌舞伎のような苦悩はなし。
「それ山伏といつぱ、役の優婆塞の行儀を受け、其の身は不動明王の尊容を象どり、兜巾といつぱ五智の宝冠たり。十二因縁の襞をすゑて戴き、九会曼荼羅の柿の篠懸(すずかけ)。胎蔵黒色の脚絆(はばき)をはき、さて又八つ目の草鞋(わらんづ)は八葉の蓮華を踏まへたり。出で入る息には阿吽の二字を唱え、即身即仏の山伏を、ここにて討ち止め給はん事、明王の照覧測り難う。熊野(ゆや)権現の御罰を当たらん事、立所に於いて疑ひ有るべからず」
結びに「虎の尾を踏み毒蛇の口を遁れたる心ちして、陸奥の国へぞ下りける」とあり、黒澤明の「虎の尾を踏む男達」の由来はここかと知りました。
渡辺保『能ナビ』によると、ポイントの一つは直面(ひためん)であること。「能は感情を全て抽象化するから」。もう一つは義経を子方が演じること。「表現しにくいものを空洞に……白紙の記号。あとは観客のイメージにまかせる」。
それにしても、この話はこの舞台で見る必要があるのでしょうか。お能に求めているものはこういうものではないという気がします。解説『マンガ能百番』の解説(増田正造)には、「出藍の誉れということわざがある。…能から出た歌舞伎の中でこれに当たるのはおそらく『安宅』を移した『勧進帳』だけだろう」とあり、納得。

つづいて「鉄輪」。これは3回目(前回は2014-04-11)。舞台前の解説で、浮気をされると男は相手の女を恨み、女は恋敵の女を恨むというお話がありました。たしかに、鬼となった女が打ちすえるのは、男女の形代のうちの後妻の髪。さらに怖いのは、「時節を待つべしや。まづ此度は帰るべしと、云ふ声ばかりは定かに聞え…目に見えぬ鬼とぞなりにける」、まだ気が済んでおらず、また来るというのだから、たまったものではありません。