仏報ウォッチリスト

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 「頼政」「実盛」

国立能楽堂の「のうのう能特別公演」で、宝生流お能頼政」と観世流「実盛」を見ました。老武将の幽霊が出る修羅物の二本立てという大胆なプログラム。戦場での恨み言を吐き出すほうはスッキリするでしょうが、じっと聞かされるのはつらいものです。

頼政」は2回目。この人物の背景が分かってきて、受け止めやすく感じました。逃亡して三井寺から興福寺に向う途中、平等院で捕まるという展開には、観光地紹介の意図も感じます。ワキの諸国一見の僧、宗旨は不明です。「落葉の寺社残りなく拝み廻りて…南都に参らばや…」と言っています。
しかしそもそもわからないのが、なぜ頼政が年老いて平家打倒なぞ計画したのか。「埋れ木の花咲く事もなかりしに身のなる果てはあはれなりけり」。この一件さえなければ穏やかなまま生涯を終え、現代人が注目することもなかったでしょうに。武士の宿命を憐れむしかありません。

「実盛」は初見。狂言口開けで始まる修羅物はこの作品だけとのこと。普通の人にはシテが見えないとか、なかなか名乗らなかったりとか、ちょっと変わった設定の前半。後半は実盛の述懐。舞もなくとにかく台詞が多い。自分の最期を客観視して語る。自分に対する他人の評価も自分で語る。この話法がなんとも不思議。
ポイントは白髪を黒く染め、錦の直垂で戦に臨んだこと。老いを見せないこと、故郷で恥ずかしくない格好をすること。その心意気が評価されて今日まで語り継がれています。
こちらにも埋れ木が出てきます。歌ではないですが「埋れ木の人知れぬ身と沈めども、こころの池の言いがたき、修羅の苦言の数々を、浮べて賜ばせ給へとよ」。ところで埋れ木って何でしょう。倒れて朽ちていく樹木のことでしょうか。それは伐採されて運び出される木材よりもむしろ幸せな気もします。
「念々相続する人は」「念々ごとに往生す」「南無と言つぱ」「すなはちこれ帰命」「阿弥陀と言つぱ」「その行この義を、以ての故に」「必ず往生を得べしとなり」「ありがたや」

この公演の無料配布プログラムが凝っています。1回公演の定員600人あまりにしか配らないというのに、B5判カラー16ページで、イラストを交えて曲を解説。源平の戦いと能作品との対照表は貴重。「こぼればなし」として、1時間半かかる「実盛」を二世観世喜之が43分で舞い終えたことがあるという話が興味深いです。一句も抜かず、詰めて舞台を回るなどあちこち少しずつ短くしたのを「名人芸」として評価しています。なんだかゆっくり進むのがありがたいものだと思っていました。短くするのが望ましいことなら大いにやるべきです。