仏報ウォッチリスト

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 「浮舟」「善界」

宝生能楽堂お能「浮舟(うきふね)」と、「善界(ぜがい)」を見ました。

「浮舟」は、言わずと知れた源氏物語のクライマックス。薫中将と匂宮の二人の愛に揺れる女性が主人公で、入水し横川の僧都に助けられます。動きは少ないけれども、はかなげな浮舟の表情が印象に残ります。名前そのものが水上にあやうくたゆたうイメージ。
「亡き影の 絶えぬも同じ涙川 寄るべ定めぬ浮舟の のりの力を頼むなり あさましやもとよりわれは浮舟の よるかた分かで漂ふ世に うき名漏れんと思ひ侘び この世になくもならばやと …… あふさきるさのこともなく われかの気色もあさましや あさましやあさましやな橘の 小島の色は変はらじを この浮舟ぞ 寄るべ知られぬ」
ところで本曲は横越元久の作詞、世阿弥の作曲。古典集成の解題によれば、この元久は応永期の武家歌人で、「素人の作能」だといいます。こうして後世に残るとはなんと栄誉なことでしょうか。

続く「善界」は2回目の鑑賞(前回2009年12月)。天狗が比叡山を攻撃しようと企てて、仏教の法力にはねつけられる、後腐れないスペクタクルです。ツレの怪士、後ジテの大べし見の面が目に焼き付きます。新古典大系によると、元ネタは鎌倉時代の絵巻「是害房絵」で、冒頭の名ノリはこの詞書の要約だそうです。作者はこちらも素人で、足利義政の侍医をつとめた竹田法印定盛。
「それ天台の仏法は権実二教に分かち 又密宗の奥義を伝へ 顕密兼学の所なるを われら如きの類として たやすく窺ひ 給わん事 蟷螂が斧とかや 猿猴が月に相同じ かくは知れどもさすがなを 我慢増上慢心の 便りを得むと思ふにも 大聖の威力を 弥々案じ連ねたり」

気づけば両作品は比叡山つながりなのでした。