仏報ウォッチリスト

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能「名取ノ老女」

1週間で2回目の国立能楽堂に行き、復曲能「名取ノ老女」を見ました。名所と伝説を盛り込んだ作品が震災復興の願いを込めてよみがえる。芸能とはこうやって生まれてゆくのかと感動しました。
名取の老いた巫女に熊野から山伏が神託を届ける。梛の葉に虫食い跡で書かれた熊野の神詠「道遠し年もやうやう老いにけり思ひおこせよ我も忘れじ」に老女は感激し、「熊野の本地」を語り、法楽の舞を見せる。
「熊野の本地」は室町期に流行した熊野権現の由来の物語り。〈……もとはこれ天竺摩迦陀国の主として、天下を収め給へば、海内ことに静かなり/然るに千人の后を揃ふれども/王子誕生なきなかに、末の后の御衰殿、めでたく懐妊おはします/九百九十九人の后たち深く妬み/武士かたらひ、深山にて首を刎ねさす/されどいかなる不思議にや、死骸はやぶれ朽ちもせず、たひらかに王子誕生す。御子は首なき母の乳をぶくし、虎狼を供として、すくやかに育ち、三つの歳、虫食いの詠に導かれ、叔父の上人見いだして、麓の寺にて養育す……〉
復活上演の過程も興味深く思いました。パンフレットに「上演台本について」という一文があります。今回は1554年の謡本をもとに現代の研究者(小田幸子・小林健二)が台本を作成したそうです。どうもお能では代々受け継がれてきた詞章や演出を寸分たりとも変えてはならない印象があります。しかしこの制作裏話の中に、元本の謡曲は抽象的だから別のネタに差し替えたとか、重複するセリフを削除したとか、あっけらかんと書いてあってちょっと驚きました。
現代の詞章は分かりやすいです。分かりやすいだけに、手応えがやや足りないようにも思えます。逆に現代語の響き、たとえば「老眼」とか「悪魔」といった言葉にハッとしました。
パンフレットには佐藤弘夫先生の寄稿「浄土に誘う神」があり、東北の熊野信仰について解説されています。
パンフレットの「現代能楽考」というインタビュー集も読み応えがあります。釈徹宗さん〈人間というのは「つながり」を実感すれば、明日も生き抜こうという気になる。…時にバリアをおろして、無防備な自分になる時間と場所が必要なんですね。宗教儀礼や伝統芸能は、そういう場なんです。…伝統芸能はこちらが感度を上げて、チューニングしていかねばならない。だからバリアがはがれ、共振現象がおこりやすい心身を育むことができます〉。中沢新一さん〈室町時代の芸能哲学というのは、切断して、くっつける、ということで成り立っています。…能の典型的な構成は、前場でまず生死を切断しておいて後場で繋ぐ。そして繋いだまま神仏の世界に昇華させるのが、「祈り」と呼ばれる構造です〉。

http://www.ntj.jac.go.jp/nou/27/natorinoroujo/natorinoroujo.html
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2015/3982.html