仏報ウォッチリスト

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能「檜垣」

宝生能楽堂「鵜澤久の会」でお能「檜垣」を見ました。三老女に数えられる秘曲。僧に水を届ける老女、白拍子であったがゆえに受ける地獄の苦しみ。後撰集「年経ればわが黒髪もしらかはのみつはぐむまで老いにけるかな」から想像を膨らませた構成。みつはぐむとは、水を汲む/三輪組む/瑞歯ぐむの意で、年老いること。夢幻能形式なのに、前も後も老女という設定に驚きました。時代は昔に遡っているのに、檜垣の作り物を通過しても何も時間が経過していないような錯覚に陥ります。
 渡辺保『能ナビ』ではこの作品を傑作と絶賛しています。その理由は、「一つは人間の老いの問題を扱って実に鮮明なこと。そしてもう一つは死後の苦しみの描き方」とのこと。この一節が脳裏にあっていつか見なければと思っていたのでした。けれども期待しすぎていたか、意外なほどのそっけなさにうまく受け止められていないのが実情です。
 仏教的な詞章をいくつか抜粋。
「朝に紅顔あつて世路に楽しむといへども 夕べには白骨となつて郊原に朽ちぬ 有為の有様 無上の真 たれか生死の 理りを論ぜざる 何時を限る慣らひぞや 老少といつば分別なし 変はるをもつて期とせり たれか必滅を期せざらん たれかはこれを期せざらん」
「われいにしへは舞女の誉れ世に勝れ その罪深きゆゑにより 今も苦しみをみつせがはに 熱鉄の桶を担ひ 猛火のつるべを提げてこの水を汲む その水湯となつてわが身を焼くこと隙もなけれども このほどはお僧の値遇に引かれて つるべはあれども猛火はなし さらば因果の水を汲み その執心をふり捨てて 疾く疾く浮かみ給ふべし」