東京国立博物館で特別展「鳥獣戯画 ─京都 高山寺の至宝─」を見ました。目玉の鳥獣人物戯画は最終の部屋に固め、この作品を所蔵する高山寺と同寺中興の明恵上人についての展示が大半を占めています。
鳥獣戯画は作者も制作意図も判明しておらず、したがって高山寺にある必然性もわかりません。ところが展覧会全体を通して見ると、やはり高山寺にあるのがふさわしいと思えてきます。その理由は、一つには動物が会場各所にちりばめられていること。鹿・馬・犬の彫刻、明恵上人像や仏涅槃図や十六羅漢図の背景に描かれた生き物たちなど。
もう一つは、描線の鮮やかな仏画の数々。冒頭に高山寺伝来の白描図像を集め、これだけでも見応え十分です。圧巻は華厳宗祖師絵伝の全面公開。義湘絵はクライマックスの海を行く龍の場面ばかりが有名ですが、そこまでの経緯がまた面白い。図録で見直すと、5回出てくる船はみな同じ大きさで同じ角度から描かれていて、どうやらコピーのようです。
明恵上人は密教と華厳を修め、これらを融合した独自の教学を確立しました。学問的には分かりにくい面もありますが、たとえば善財童子絵などは求道する姿が明恵上人に重なって見えてきます。さらに、そうした思想からはみ出す明恵上人の風変わりなエピソードも紹介。この絵の前で右耳を切ったといわれる仏眼仏母像、仏跡に通じる海の水で洗われたとして生涯手元に置いた鷹島石と蘇婆石といった珍品も。
一方で、図絵に重きを置いた企画だからか、文字資料の展示は多くありません。夢記は断片を1点、天竺へ行くまでの到着日数を計算した大唐天竺里程書は図録に参考掲載。撰述した四座講式や、新仏教側との論争を示す展示もなく、樹上で坐禅する肖像をはじめとして奇矯な面ばかりがクローズアップされている感もあります。
鳥獣戯画の展示については、行列が行列を生んでいるようで、ここではノーコメントとします。
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5月8日には同展リレートーク「故郷に残る明恵上人のおもかげ―仏画と仏像―」(大河内智之・和歌山県立博物館学芸員)を拝聴しました。有田川下流域にある「明恵上人紀州八所遺跡」(国指定史跡)が写真とともに紹介され、いかに地域で大切にされてきたかがわかります。このトークの中で使われた「明恵上人Love」というフレーズが妙にしっくりときました。このLoveは、上人がお釈迦さまを父と思って心を寄せた一連のエピソードと、衆生が上人を顕彰したという二重の思慕を象徴しているといえます。双方向のLoveでなく、仏が衆生を哀れむという軸を加えた三角関係なところがなんとも切なくもあります。
特別展会場で仏画や絵巻以上に心動かされたのが、明恵上人が護持した2つの石であったことを思うと、すでに私も「明恵上人Love」の一人に他ならないのでありましょう。